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大分地方裁判所 昭和31年(ワ)333号 判決 1961年11月06日

原告 有限会社大分合同新聞社

被告 後藤萬吉 外二名

主文

被告等は連帯して原告に対し金三十六万五千六百十円及びこれに対する昭和三十一年十一月十三日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告後藤は原告に対して金六万三千六百九十二円を支払え。

原告の被告後藤に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分しその一を被告後藤の負担、その余は被告等三名の連帯負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り被告等各自に対し金十万円の担保を供すればその被告に対して仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は連帯して原告に対し金三十六万五千六百十円及びこれに対する昭和三十一年十一月十三日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。被告後藤萬吉は原告に対し金七万六千八百十二円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

第一、売掛新聞代金請求

(1)  原告は新聞の発行、販売を営業とする会社で、被告後藤は新聞販売所を営むものであるが、両者間には古くより新聞販売取引が行われてきたところ、昭和二十八年七月二十八日従来の契約内容を改め新たに次のような契約を結んだ。

被告後藤は原告の発行する新聞を業務担当地域に販売する。原告が同被告に販売する新聞代金は一部一カ月分金二百円(屡々変更を見たが、現在価格)で、その代金は毎月分を当該月の十五日までに原告の指定する場所で支払う。同被告は原告に対し信認金として原告より購入する一カ月以上の新聞代金相当額を差入れること。同被告が右契約上の債務を履行しなかつたときは原告は右信認金をもつて売渡代金を相殺することができる。同被告は右契約につき連帯保証人二人をもつて保証すること。本契約の期間は三年とする。但し合意のうえ更新することができるが更新期間も三年とする。

(2)  被告岩田及び同田口は右契約につき昭和二十八年七月二十八日に同日以降右契約上生ずる被告後藤の債務につき連帯保証することを原告に約した。

(3)  原告と被告後藤間の取引は右契約により続けられてきたが、被告後藤は代金の支払を怠りがちであつたので昭和三十一年八月末日を以て右契約を合意解除した。

(4)  而して右同日現在に於ける被告後藤に対する売掛残代金は金三十六万五千六百十円である。即ち、

(イ)  新聞販売所の代金の支払に関しては朝日、西日本、オールスポーツ、日本経済、大分合同の五社が協定して大分県新聞販売連絡事務所をして取扱わしめ各社別に区分することなく右五社分を一括して受領せしめ、その配分は右五社の協定により定められる率に従つて一括受領代金額を按分して各社の代金支払に充当される制度となつていた。

(ロ)  而して右合意解除当時の五社協定による原告会社の受領率は六七、一%であり、被告後藤の五社分の未払代金は合計金七十二万九千六百一円であつた。従つて原告会社に対する同被告の未払代金額は金四十八万九千五百六十二円である。

(ハ)  ところで同被告は原告に対し金十二万三千九百五十二円の信認金を差入れていたので前記約定によりこれを以て右未払代金と相殺し、その残金三十六万五千六百十円の売掛残代金債権を有する。よつて被告等に対し連帯して右金員の支払を求める。

第二、損害賠償請求

(1)  原告は昭和三十年三月五日被告後藤に対し戸の上地区に於て原告が直売する売掛新聞代金の集金を委任し、各月の新聞代金を翌月十五日までに集金して原告に引渡すべきことを約定した。而して昭和三十一年八月末日前記取引契約の合意解除と共に同月分までの既に生じた売掛金の集金事務を残し爾後の取立委任を合意解除した。

(2)  右同日現在右売掛代金総額は金三十六万二千円に達するが、うち金二十八万五千百八十八円の引渡を受けたのみで、残金七万六千八百十二円の未収金を残すところ、既に年月を経て集金、引渡(未集金分と集金引渡未了分との額の区別はつかない)は不能に帰したので、同被告の債務不履行により右残事務未収金額相当の損害を蒙つたこととなるから、これを填補賠償として支払を求める。

被告等の答弁に対し

被告等主張(a)の押紙の事実は否認、(b)の事実中主張の期間各月一日付の新聞百部宛を送付した事実は認めるが、被告後藤が販売業績を挙げるため原告に協力して買受けたもので押紙ではない。

被告等の抗弁に対し

原告主張第二の事実に対する(イ)(ロ)(ハ)の各抗弁は否認する。その他の各相殺の抗弁中

(1)の抗弁につき訴外松村展虎は原告の代理人ではなくさような権限を有しない。又同人がさような契約を被告後藤とした事実もない。主張の如き話合があつたとしてもたかだか同人が被告後藤のあとを承ける後の営業者より同被告が受ける権利金の授受に関し松村個人として何らかの便宜を与えようとゆう程度のことであつたらうと思われる。

(2)の抗弁につき、主張の如き値下げは被告後藤の協力により行つたものでさような補償の約定をした事実はない。

(3)の抗弁につき、否認。

と述べ、立証として甲第一号証の一乃至四、第二号証の一乃至三、第三、第四号証、第五号証の一乃至五、第六号証の一乃至十九、第七、八号証の各一、二、第九号証、第十号証の一乃至四、第十一号証を提出し、証人松村展虎(第一、二回)、首藤隆男の尋問を求め、乙号各証の成立を認めた。

被告等は原告の請求を棄却する、との判決を求め、請求原因に対する答弁として、被告後藤及び同田口は、原告主張第一の事実につき、

(1)乃至(3) の事実の全部及び(4) の事実中(イ)の事実並に(ハ)のうち被告後藤が主張の額の信認金を原告に差入れていた事実はいづれも認める。

その余の事実は次の如く否認する。即ち、合意解除当日に於ける被告後藤の五社分の新聞代金未払額合計は金八十七万四千六十六円である(もつとも連絡事務所より同被告に通知された右同日現在の未払額は合計金七十七万四千二百三十六円である)。而して原告の受くべき配分率が五社協定により主張の如き率と定められていたとの点は不知。

右の如く原告主張の売掛残代金額は認め得ないが、この金額中には左記(a)(b)の被告後藤に於て買受けることを承諾していないに拘らず原告が一方的に送付してきた新聞代金が含まれているから、これらは当然右代金額より差引かれるべきである。

(a)  被告後藤が原告より購入する月々の新聞は前月の末日より当月の五日までに当該月の購入部数を原告に申込むのであるが、原告は昭和二十八年三月より昭和三十一年八月までの間に申込部数を超える合計金十二万三千円相当の新聞を送付し来り押売しこれをも売掛金として計上している(その内訳部数、区分は明白にすることは容易なことではないが、被告後藤は右に該当する押売新聞を保存している)。

(b)  原告は被告後藤に対し昭和二十八年三月より昭和三十年十月までの間各月一日付の新聞を百部宛余計に送付し来り販売を拡張させようとした。右部数は被告後藤の申込以外のものであつて、昭和二十八年三月より昭和二十九年八月までは一部金五円八十三銭、同年九月より以降は一部金六円六十七銭の割合で合計三千二百部、金一万九千八百三十二円である。

被告後藤は原告主張第二の事実につき

(1)の事実及び(2) の事実中原告の直売代金の総額が金三十六万二千円であつたことは認めるが、その余は以下抗弁の如く合計金三十五万六千六百四十八円を除き残額金五千三百五十二円の未収金を残すのみである。

抗弁(イ)被告後藤は金三十三万二千百八十八円を集金し原告に引渡している。

(ロ)金二万一千三百四十円相当の未収金事務は売掛先毎の伝票七十八枚を原告に交付し原告自ら集金するよう引継ぎ被告後藤の委任は終了した。

(ハ)金三千百二十円は昭和三十一年八月三十日原告が戸の上地区の直売につき使用する配達人である訴外阿部奈良喜に対する原告が支払うべき同月分の配達料金(一部につき四十円、七十八部分)として右額の金員を立替払いしたのでこの分は当然差引かるべきものであり、又口頭でこの債権を集金の内入とすることを約している。

相殺の抗弁

仮りに被告等に原告主張第一の債務、被告後藤に原告主張第二の債務があるとしても、被告後藤は次のような反対債権を原告に対し有しているからこれを以て本訴で相殺する。

(1)  被告後藤は前記の如く原告と合意解除をするに当り、原告の代理人である訴外松村展虎(原告会社の販売担当社員)との間で、同被告が原告の申入れに応じて新聞販売所の営業を廃止すれば、原告が責任をもつてその後をうけて開業する者より新聞販売営業の権利金を取立て、仮りに取立て得なくとも被告後藤が原告に既に差入れている信認金十二万三千九百五十二円を合して金四十万円として同被告の原告に対する債務の弁済に入れられるようにしてやらうとの約定をした。従つて右信認金額を差引いた金二十七万六千四十八円は後継者より取立ての能否に拘らず原告の責任に於て被告後藤に対し給付さるべくこれをもつて新聞代金に充当さるべき債権である。

(2)  被告後藤は原告発行の新聞を朝夕刊合せて月金二百八十円の購読料で一般に販売してきたところ、原告は他社との販売競争のため昭和三十年八月より十一月までの間同被告の一般販売価格を月金二百五十円に値下するよう申入れ、これにより同被告が失うこととなる金三十円について、同年八月十五日頃原告会社の代理人たる販売部長首藤隆男よりその補償を与えるとの約束を得た。これによつて同被告は左記内訳どおりの合計金九万三千七百五十円の債権を有する。

昭和三十年 八月 七九〇部 二三、七〇〇円

九月 七八二部 二三、四六〇円

十月 七六七部 二三、〇一〇円

十一月 七八六部 二三、五八〇円

(3)  被告後藤は前記廃業当時一般購読者に対し金十一万二千二十三円の売掛代金債権を有していたところ、原告は後継営業者のために右債権の取立を行わないよう、一般購読者に対してもそのように通知する旨被告後藤に申入れ、不法にもその通り購読者に対しふれ廻つた。その為同被告の右債権回収は不能となつてしまつた。よつて右債権額相当の右不法行為に基く損害賠償請求権を有する。

と述べた。

被告岩田栄は原告の請求原因事実に対する答弁として、第一の事実中(1) 乃至(3) の事実は認める。被告後藤になにがしかの未払債務ありとしても被告岩田の約定保証期間は三年であるから同期間外の取引債務については責任はない。なお被告後藤は合意解除時に販売所を引つぎ営業する三浦と原告の三者間で被告後藤の積立てていた保証金に三浦より支払われる権利金を合し計金四十万円を受ける約定であつたから同被告の新聞代金より差引かるべきであると述べた。

被告等は立証として乙第一号証の一乃至三十二、第二号証の一乃至百五、同号証の百七乃至百二十八、第三号証の一乃至二十四、第五号証の一、二、第六号証の一乃至七、同号証の九乃至十八、第七号証を提出し、被告後藤は証人三浦忠、脇山国一郎、松村展虎、後藤政雄の各証言を援用し、各被告共甲第一号証の一乃至四の成立を認める、同第二号証の一乃至三、第三、四号証、第五号証の一乃至五、第六号証の一乃至十九、第七、八号証の各一、二は不知と述べ、被告後藤は甲第九号証、第十号証の一乃至四、第十一号証の成立を認めると述べた。

当裁判所は職権で被告後藤本人の尋問を行つた。

理由

原告が新聞の発行販売を営む会社であり、被告後藤が新聞販売所を営むものであつて、両者間には古くより新聞販売取引が行われてきたが、昭和二十八年七月二十八日新たに原告主張第一の(1) 記載の新聞販売契約を結び、同日以降の右契約に基き生ずべき被告後藤の原告に対する債務につき被告岩田、同田口が連帯保証を約したこと、右契約に基いて原告と被告後藤との間で行つてきた新聞取引は約定三年の期間を経過し更新して続けられてきたが、被告後藤が代金の支払を怠りがちとなつたので昭和三十一年八月末日を以て合意解除したことは当事者間に争のないところである。

第一、原告は右契約に基く新聞販売代金残額として金三十六万五千六百十円を請求するのでこれについて考察する。

原告と被告後藤との本件契約に基く前記取引期間中に於ては当時朝日、西日本、オールスポーツ、日本経済、大分合同の五新聞社の協定によつて各新聞社と多数の新聞販売所間の集金に関する手数や冗費を省くために大分県新聞販売連絡事務所が設けられ、各新聞社は各販売所との間で直接新聞代金の授受を行わず同事務所より一括して各新聞社の販売代金の請求をし、各販売所はそれぞれ取扱つている各社の新聞代金を区別せず一括して右事務所へ送金し、同事務所に於てはこれを各社の販売高に応じ右五社の協定によつて定められる率に従つて按分した上各社への弁済額を定め支払われる制度をとつていたことは被告後藤、同田口と原告との間に於ては争のないところであり、被告岩田に於ても明らかに争わないところである。被告後藤も右五社の新聞を取扱い、その代金を右例にならつて各社別の代金を区別することなく五社分を一括して右連絡事務所へその都度送金してきたのであることは同被告本人尋問の結果によつて明らかである。ところで証人松村展虎の証言によつて成立を認め得る甲第二号証の一乃至三、証人首藤隆男の証言により成立を認める甲第九号証、同第十一号証に証人松村展虎の証言(第一、二回)を綜合すれば、被告後藤が前記合意解除した昭和三十一年八月末当時の右連絡事務所に於ける同被告の五社分の未払代金は金七十二万九千六百一円であり、五社協定による当時の配分率は同年七、八月分の各社の請求額を基準として原告の比率は六七、一%と定められていたことが認められる。

従つて被告後藤の原告に対する未払代金は金四十八万九千五百六十二円であつたと云うことができる。被告等は右協定率に従つて原告に対する未払代金額が定められることに異論を唱えるようであるが、比率は五社の各販売額を基準に協定した配分率であつて五社と県下各販売所間に於ける新聞代金支払に関し行われてきた慣行であることは弁論の全旨によつて明らかであつて被告後藤もこれに従つて一括して代金の支払をしてきたこと前記の如くであるから、右協定率による配分は原被告間にこれによるとの明示の約定がなく、被告等に於て右協定率を知ることがなかつたとしても事実たる慣習として本件契約に適用されるものといわなければならない。従つて右協定率によつて按分された金四十八万九千五百六十二円を以て被告後藤の原告に対する新聞代金債務と見るべきである。

ところで被告等は被告後藤の注文もないに拘らず(a)昭和二十八年三月より昭和三十一年八月までの間に合計金十二万三千円相当の申込外の新聞を押売し、(b)昭和二十八年三月より昭和三十年十月までの間各月一日付新聞百部宛合計金一万九千八百三十二円相当を注文外に送付し販売を拡張させようとした。これらは被告後藤の買受外のもので右未払代金中にはこれらをも計上しているから当然控除さるべきであると主張する。証人脇山国一郎、後藤政雄、首藤隆男の各証言及び被告後藤本人尋問の結果を綜合すれば各新聞社は販売成績を挙げる為に販売所に対し申込部数を超える紙数を割当てて販売することを要求する事例は屡々あり被告後藤の場合にも同様原告のみならず他社よりも注文外の紙数の送付を受けていたこと、而して相当な部数の残紙が被告後藤方に堆積されていることが窺えるが、被告等が右(a)に主張する如き価額相当の申込外の新聞が原告より送付されたとの点についてはこれを確認すべき証拠が存しない。もつとも証人後藤政雄の証言によれば被告後藤方の残紙が五百貫を超えるとの供述が存するが、被告後藤は昭和十七年頃より新聞販売業を行つてきていて而かも原告一社のみでなく他社とも取引してきたのであるから(右証人の証言による)、果して右数量に及ぶ残紙が申込外のものであり且つ原告一社の本件取引期間内に生じたものかは疑わしく、結局これを確知することはできない。幾らかのさような注文外の紙数が原告より送付されてきたとしてもかような注文外送紙は長期の取引期間中に屡々行われたと推測されるところ被告後藤よりその都度その部数を示しこれを拒否したとの事跡の明確でない本件に於ては同被告に於てその送付を受けることが不本意であつたにしても商法第五百九条の趣旨に照し同被告に於てその買受を承認したものと看做す他はない。なお成立に争のない甲第十号証の一乃至四によれば被告後藤より原告に対し減紙通知が発せられた場合のあることが認められるが、証人松村展虎(第二回)及び首藤隆男の各証言によればこれに従つて減送された場合のあることも窺えるのであつて、所詮右認定を覆えし得ない。次に被告等主張の前記(b)の百部宛各月一日付が増部して送付された事実は当事者間に争がないが、この点に関しても本件証拠上被告後藤に於て右増紙を拒否した明確な事実は発見し得ないのであつて前記同様の理由によりこの分についても同被告に放て買受けを承認したものと看做す他はない。以上によれば同被告は合意解除当時前記の如く金四十八万九千五百六十二円の未払新聞代金債務を負つていたものであるところ、同被告が原告に対し金十二万三千九百五十二円の信認金を差入れていたことは当事者間に争なく前記本件新聞取引契約に基き右信認金は原告に於て売掛新聞代金と相殺し得べきところであるから、相殺のうえなお残代金三十六万五千六百十円の債権を原告が有することは明白である。

被告岩田は保証期間は三年であるから期間外の取引につき生じた債務に関しては責任がない旨主張するが、前認定の新聞代金債権は同被告保証以後に生じたものであつて前述合意解除時には当初の契約期間三年を約一か月超えるところがあるが、前記新聞取引契約は当初より更新を予定していたものであつて、三年に限つて保証を終了せしめる旨の趣旨であつたとは云えないから同被告の保証責任は右認定の未払代金全額に及ぶことは否定できない。

第二、集金委託事務不履行による損害賠償請求について

原告が直売に係る戸の上地区の新聞販売代金の集金を昭和三十年三月五日より被告後藤に委任し、各月の代金を集金のうえ翌月十五日までに原告に引渡すべきことを約していたこと、右契約は昭和三十一年八月末日前記新聞取引契約の解除と共に同月分までの集金事務を残し爾後の取立委任を合意解除したこと、原告の直売代金総額が金三十六万二千円であつたことは当事者間に争がない。而してその中金二十八万五千百八十八円の集金引渡を受けたことは原告の自陳するところである。

そこで被告後藤の抗弁について考察する。(イ)成立に争のない乙第六号証の一乃至七、同号証の九乃至十二、同号証の十四乃至十七によれば、被告後藤は昭和三十年四月一日より昭和三十一年八月十日までの間に合計金二十九万五千百八十八円の集金を原告に対して引渡している事実が認められる。右同号証の十三記載の金一万七千円は前記乙第二号証の百六と対比すれば新聞買受代金の入金であることが推認でき委託集金の引渡分とは認められない。(ロ)被告後藤が金二万一千三百四十円に相当する売掛代金集金事務について伝票七十八枚を原告に引継ぎその範囲に於て委任事務の一部を終了せしめたとの抗弁事実はこれを認むべき証拠がなく援用できない。(ハ)成立に争のない乙第六号証の十八及び被告後藤本人尋問の結果によれば被告後藤が昭和三十一年八月三十日原告の直売に係る戸の上地区の原告の配達人阿部奈良喜に対し同月分の配達料(一部につき金四十円、七十八部分)として金三千百二十円を立替払した事実が認められる。従つて同被告は原告に対しその立替金債権を有するものとゆうべきである。右立替金債権を以て主張の如く集金の内入とする旨の約定があつたと認むべき証拠は明白ではないが、弁論の全旨により本訴に於て相殺を主張するものと解せられこれを認容することができるから次に認定する損害賠償債権額中より控除されねばならない。

以上原告の直売代金三十六万二千円中右集金引渡分金二十九万五千百八十八円を差引いた金六万六千八百十二円は被告後藤の委任事務不履行に係るものであつて売渡後年月を経過し現に右集金を行い原告に引渡すことは社会通念上不能に帰したと見られるから、不能に帰せしめたことにより右金額相当の填補賠償義務を負うものというべきところ、前記相殺による立替金を控除すれば、被告後藤の損害賠償債務は金六万三千六百九十二円である。

第三、被告等の相殺の抗弁について。

(1)  権利金二十七万六千四十八円の債権について。

前出甲第二号証の一乃至三、成立に争のない乙第五号証の一、二、証人松村展虎(第一、二回)、首藤隆男、三浦忠の各証言を綜合すれば、販売所が経営を廃止しようとする場合はその地区に於ける一般購読者に対する新聞の販売を絶やさないようにするため後継営業者を探して廃業すると共にその者との間に新聞販売に関する営業権を売り権利金を授受することが行われていて、被告後藤も前記合意解除に際し後継営業者を探していたところ、原告の販売担当員松村展虎は後継者として三浦忠を見付け、松村と三浦との間で話を進め三浦が被告後藤の後を継いで五社の新聞販売を行うについては被告後藤が五社分の信認金として積立てていたと同額の信認金を差入れる外被告後藤の営業権を譲受ける対価をも含めて合計金四十万円を必要とすることを申入れ、三浦もこれを承諾していたので、松村は後藤にこれを伝えると共に被告後藤と松村との間で同被告の新聞未払代金の支払を確保するため、右三浦より右金四十万円の支払がなされる時には被告後藤に対し直接に支払われるべき右金四十万円中の権利金に当る金二十万三千四十円と被告後藤が別途に積立てていた五社分の信認金十九万六千九百六十円と合し金四十万円を以て被告後藤の未払代金に当てるとの約定をしていたところ、三浦は内金二十万円を信認金、権利金のいずれに充当するかの指定なく支払い原告の販売員松村はこれを受取り前記連絡事務所に入れたが、同被告と西日本新聞社との間で五社分を取扱つている同被告に対し原告一社より五社についての販売店契約を全面的に解消せしめることは問題であるとして異論を生じ、同被告は廃業後昭和三十一年十月頃より再び西日本新聞のみの販売を行うこととしたので、三浦は五社分の完全な販売を妨げられる事態となり又同人は新聞販売の経験なく発足後思わしい業績も挙げられなかつたところから、原告に対し同年十月一杯を以て販売所営業を廃止したい、右金二十万円を以て同人の発足後の未払代金に当てて貰いたい旨申入れ廃業することとし、約定の残金二十万円を支払うに至らなかつたので、連絡事務所に於ては三浦の右申入に従つて右金二十万円を以て同人の五社分の新聞未払代金に振当てたのであることが認められる。右認定によれば被告後藤は松村を通じて三浦と営業権の譲渡契約を為し金四十万円中三浦が五社分の信認金として積立てるべき金十九万六千九百六十円を除く金二十万三千四十円を権利金として受ける債権を三浦に対し取得し、その受領を為すこと及び受領したときはこれを被告後藤の積立てていた信認金と共に五社分の新聞未払代金の弁済に当てることを委任していたものということができ、受任の趣旨が新聞代金支払確保の為であつたことよりして松村は原告を代理してその約定をしたものと認むべきである。

しかしながら前記の如く新聞代金の支払は連絡事務所に於て五社協定による配分率に従い各社の額を定めた上それぞれの弁済に当てられる制度を採つていたのであるから、右金二十万円中に含まれるいくらかの権利金も直ちに原告一社の未払代金に充当することはできない関係にあり、未だ右配分の方法により各社の弁済に振当てられるに先立ち前認定の如き事情の下に三浦は販売所を廃業し残金二十万円の支払をしなくなつたので連絡事務所に於て受領の金二十万円を同人の未払新聞代金として五社間に配分してしまつたのであるから、結局右金二十万円中に含むいくばくかの権利金も五社への支払に従つて原告への未払代金の支払に当てられなかつたものというべきである。而して三浦より権利金の取立の能否に拘らず原告の責任に於て被告後藤主張の額の権利金を原告より被告後藤に対し未払新聞代金に充当すべく支出することを松村が約していたとの事実はこれを認める証拠がない。従つてこの抗弁も採用できない。

(2)  新聞減価補償の約定について

証人松村展虎(第二回)、首藤隆男の証言によれば、被告後藤は原告発行の新聞を朝夕刊合せて月金二百八十円の購読料で一般に販売してきたところ原告新聞社販売部長首藤隆男よりの申入れで昭和三十年八月より同年十一月までの間月金二百五十円に値下したが、この値下はもともと当時市販価格は月金二百五十円であつたところ被告後藤が配達費用を月金三十円と見込んでこれを加えていたので、右市販価格に引下げて販売するよう申入れた結果であることが認められる。而してこれに伴う収益の減少について被告後藤に対し補償を為すことを原告が約していたことを確認すべき証拠はない。従つてこの抗弁も採用できない。

(3)  原告の不法行為に基く損害賠償債権について

成立に争のない乙第七号証、証人松村展虎(第二回)、首藤隆男の各証言によれば、被告後藤との新聞販売契約が合意解除された後は後継の三浦が販売所を営むこととなるので購読者に対し販売所の経営者が替つたこと及び爾後新聞代金は後継者に支払つてくれるよう申入れが為されたことがあるが、被告後藤が経営当時の販売代金について同被告に支払わないよう申入れをしたものではないことが認められる。或はかような購読者に対する申入が購読者の誤解等の理由から被告後藤の販売代金の回収を困難ならしめたとの推測もできぬでもないが、被告後藤が販売所をやめたからとてその債権は消減するわけではないことが明らかであり、同被告が回収に専念すれば為し得べき事柄で不能ならしめたとは解せられない。のみならず被告後藤が抗弁する如き売掛債権を有していたとの点について何らの立証もない。

以上のように被告等の右各抗弁事実はいづれも認めることができない。

以上の各認定によれば被告後藤は原告の請求第一の新聞代金債務金三十六万五千六百十円及びこれに対する昭和三十一年十一月十三日より完済するまで商法所定年六分の割合による遅延損害金、第二の集金委任契約不履行による金六万三千六百九十二円の損害賠償債務を負つており、被告岩田及び同田口は被告後藤の連帯保証人として右第一の債務を被告後藤と共に負つているのであるから原告の本訴請求は右第一の請求の全部及び第二の請求中右限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求を棄却することして民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄)

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